2006-04-29

2006/4/29(Sat) 明日は晴れ 青龍神社の 御供当番

  青龍神社の御供箱です。青龍さんは弘法大師空海が滝の尾・寂光を開いた時に弟子がご加護を祈って京都醍醐の青龍神を移し祀ったそうです。本町の氏神様ですが、東照宮・二荒山神社の大祭の前には晴天を祈って祈晴際が行われます。

 この御供箱は、昔から本町の各世帯が当番制で毎日お参りするため、お米を入れて青龍さんまで運びます。いつごろからの伝統なのか、今では誰も知っている人はいなくなりました。続いているのは下本町だけですが、最近は世帯数も少なくなり当番が廻ってくるのが早く感じられます。

 本当に日光ではあちこちにお社や石像があって、拝んでいるうちに1年があっという間に過ぎて行くようです。日光が神仏習合の聖地だといわれる由縁が、こうしたことからもよくわかります。



2006-04-28

2006/4/28(Fri) 水神や 蛙の声に 祈祷され

  明日からいよいよゴールデン・ウイークです。夕方、宇都宮からの帰り道、高速の向こうに浮かぶ美しい薄墨色の日光連山を見てお天気を期待しました。

 ところが、これは高井家の庭の水神様ですが、最近毎日蛙さんたちが雨乞いの合唱をしています。何年か前に近所の道路が整備され、川がコンクリートの暗渠になったせいか、うちの井戸もすっかり水位が下がってしまいました。先日は大騒ぎで井戸さらいまで頼んで何とか池の水を確保したところです。

 そういえば、今年の蛙は4月12日に初鳴きでした(去年は14日)。どうやら絶滅は免れたようでほっとしました。水神様、お天気も頼みですが、蛙さんのためにも….

何しろ水商売ですからよろしくね。



2006-04-24

2006/4/24(Mon) 日を限り 願掛けたしや 馬鹿な私

  今日24日は還元山浄光寺の日限地蔵尊の大縁日です。このお地蔵様は期限付きで(つまり何月何日までに)合格・病気平癒などいろいろ祈願し、毎月24日は信者さんが遠方からもお礼参りをするという大変霊験あらたかなお地蔵様です。うちの子供も毎度お世話になりました。

 実は、私は今日超ショックなことがありました。デジカメをメモリーごとゴミに出してしまったようなのです。バックアップが…さっそく日限様に行きました。これは違うカメラで撮りましたが、よく考えたら「馬鹿は死んでも治らない」ということは、いくら願をかけても無期限のものは無理だということですね。トホホ…



2006-04-22

2006/4/22(Sat) 高麗の 土懐かしむ たなごころ

  韓国からお客様がいらっしゃいました。ロータリークラブのGSEプログラムの皆さんです。運送業・デザイナー・国税庁・福祉関係と様々な分野の方が日本の関連施設を視察するスタディツアーです。日光はちょっと息抜きで東照宮見学や茶道体験でした。東照宮は朝鮮通信使など韓国との交流の歴史は古く、茶道も中国伝来ですが、多くの日本文化の源と同様に焼き物は朝鮮半島を経て伝わってきました。

 今日は、私が3年前に韓国で求めてきた茶碗でお茶を点てました。高麗とは高貴で麗しい国という意味であると昔習いましたが、韓国の方は美男美女が多いですね!(テレビの見すぎ?)

 お国の方が掌に乗せてそのしっくりとした手触りを楽しんでくださり、茶碗もさぞかし喜んだことでしょう。



2006-04-19

2006/4/19(Wed) 香港的 美味樂旅 熱烈歓迎

  2月に日光のゆばを取材に来てくださった香港の新聞の記事が送られてきました。たまたまスキー合宿の資金調達のため店を手伝いに帰ってきた娘がちゃっかりと写っています。中国語は読めないのですが(たぶん広東語でしょうか?)、栃木県への旅を宣伝してくれているのでしょう。

 もともとゆばは中国から来たものですが、こうしてルーツの大陸に紹介してもらえるのはとてもうれしいことです。栃木県は、温泉・食べ物・奥日光の自然・世界遺産と観光資源に恵まれています。このことを再確認して私たち地元民も頑張らねば。

 香港も何度か訪れましたが、とても素敵なところです。「また、行きたい!」…きっと、これがホスピタリティの原点ですね。



2006-04-17

2006/4/17(Mon) 弥生祭 大神おはす 會所かな

 いよいよ日光二荒山神社の弥生祭です。昨日も書きましたが今日は日光市内は各町内から花家体が繰り出し、いっせいに山内目指してお囃子と共に裃姿の若い衆が練り歩きます。子供たちは昔ながらの日本髪を結い晴れ着に身を包み、家体に乗って一日中笛や太鼓を奏でます。春の歓びに酔うその様子はポスターや写真でよく見かけることがあるでしょう。

 その反面、過疎化が進んだ町内では子供も若い衆もいなくなり、付け祭りといわれるこの家体の行列に参加することが出来ません。しかし祭礼としてのしきたりは途絶えることはなく、本町も無人の會所に二荒山大神だけがひっそりと…御神酒の陰で本町の提灯はその寂しさ・悔しさに泣いているように見えます。



2006-04-16

2006/4/16(Sun) 放菴忌 祭囃子を 遠く聞く

  神橋の近く旧日光小学校跡地に小杉放菴記念日光美術館があります。放菴は明治・大正・昭和にかけて洋画、日本画、書、短歌などで活躍し、日本の近代美術史に大きな足跡を残しました。酒を愛し「未醒」という雅号を持つところは恐れ多くも高井家先祖の酒袋にも相通ずるものが…

 毎年4月16日の放菴忌は、二荒山神社弥生祭宵祭りの日であるため日光市内は花家体が繰り出し華やかな祭囃子があふれています。そんな時ひっそりとした小倉山の杉木立の下にある放菴のお墓をお参りすると、まるで今にも風に乗って笛の音が聞こえてきそうです。

 そういえば彼は「おわら風の盆」の唄の作詞者でもあることを思い出しました。



2006-04-10

2006/4/10(Mon) 影ながら 花待ちわびる 夏ズイセン

  高井家の庭の花シリーズ第3弾。これは何の葉っぱでしょう?4月に葉っぱだけフサフサと伸び、そのうち溶けて無くなってしまいます。夏休みのある朝、何もなかった地面からニョキニョキと長い茎を持つ彼岸花のような形のピンクのつぼみが…

 「夏ズイセン」といいます。育ち方がミステリアスなわりにシンプルな名前。昔、子供が夏休みの宿題に観察日記をつけました。ものさしを立てて毎日写真を撮ったら、何と一晩で15cmも伸びました!親も感動。

 この写真の影はゴールデン・レトリーバーの愛犬ラッキー君です。彼は、こうして日向ぼっこしながら見守ってくれています。



2006-04-08

2006/4/8(Sat) 春酒に 染まりし色の 猩猩袴

  どうしてこれがショウジョウバカマという名前なのか。お能に「猩猩」という演目があり、オランウータンのような唐土の霊獣が酒に浮かれて舞を舞う話があります。しかし、この花は実際のところ紫色に近いピンクで、その葉は地面にへばりついてとてもそのような軽やかな感じには見えません。

 春先、まだ花が少ない時期に群生しているのを遠くから見ると、ピンクの丸い形がなんともかわいい風情。お客様に「あれはなんという花ですか?」とよく訊ねられます。「ショウジョウバカマです」と答えるとほとんどの方は「ああ、あれがそうですか」というぐらい名前だけはよく知られているようです。

 水芭蕉の歌の「遥かなオゼット」ではありませんが、私は長いこと「少女袴」だとばかり思っていました。



2006-04-05

2006/4/5(Wed) イナバウアー かと思うような かたくりの花

  お座敷の前のかたくりが咲き始めました。うす紫の可憐な花びらを大きく反り返らせる姿はまるで…そうです、荒川静香選手みたいですね。黄色のもあります。高井家の庭のかたくりも場所によって開花時期が様々ですが、日光で群生の名所と言われる所は少し日陰なので4月中旬あたり。ちょうど二荒山神社の弥生祭の頃でしょうか。はかなげでかよわい風情。私と大違い。

 毎年この季節は、春になった歓びと新年度のめまぐるしい変化で大人も子供もそわそわしているうちにあっという間に過ぎてしまいます。時々心を落ちつけて、お陽さまの温かさを感じたり、土が目覚める臭いを嗅いだりしてみませんか?



2006-04-04

2006/4/4(Tue) お馬車行く 近衛隊列 御用邸正門通り

  日光田母沢御用邸正門です。皆さんが国道から入られるのは本来は通用門。高井家のある通りは今でこそ裏通りになってしまいましたが、もとは本町通りといって御用邸に通じるメイン・ストリートで、大正天皇の行幸啓の折には日光で一番間近に行列を見られる幅員の狭い沿道でした。

 今の石田屋さん(日光甚五郎煎餅本店)の前は急勾配の坂だった為、いっせいに騎馬に拍車がかかると、蹄の音も高く、たてがみは風になびき、朱色に菊の御紋章も鮮やかに天皇旗は翻り、それは最高のドラマであったと聞きます。

 今、御用邸正門通りをもう少し見直そうという声が地元の女性たちから上がり始めました。



2006-04-02

2006/4/2(Sun) 大名も 頭を垂れる 強飯式

  「七十五杯、残さず食べろ!」と山伏姿の僧侶が大杯のお酒や三升の山盛りのご飯をもって大名役の受者に迫ります。この強飯式は有名ですが、案外地元の人も実際に見たことのある人は少ないかもしれません。私も初めて見たときは、その迫力にびっくりしました。http://www.rinnoji.or.jp/ちょっと写真を拝借。

 その強飯の儀の面白さもさることながら、前半の護摩焚きの儀式が厳粛で素晴らしいです。三仏堂の奥で一山の僧侶が唱える声明と暗闇の護摩の炎がとても神秘的です。

 おまけに式の後「縁起がらまき」といってお堂の欄干から福を撒きます。何年か前、うちにホームステイしていたカナダの留学生はビデオデッキが当たりました!姪はカラーテレビ!毎年4月2日強飯式のがらまきは節分より穴場です。これは内緒話。



2006-04-01

2006/4/1(Sat) 木霊聴く 法華三昧 開山会

  4月1日は日光山開山の祖、勝道上人のお命日です。滝の尾道入り口近い開山堂にはお上人の坐像が安置され、この日は輪王寺一山の僧侶や信者さんが集まり法要が執り行われます。

 勝道上人は日光という未開の聖地を開き、782年ついに男体山頂上を極めました。それ以来、男体山をご神体として神仏習合の時代が、明治の神仏分離令が出されるまで続きました。

 現代の世界紛争が宗教的な対立などから引き起こされていることを考えると、日光山の歴史と徳川幕府の平和から何か解決のヒントが得られないでしょうか?深山の精霊たちが僧侶の読経に耳を澄ましているように思えます。



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